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下衆なマニヤの有神論

小説を書き続け(途中絶筆したが)十云年、自分の力が如何程のものか試したい。

【創作・小説】一人称が苦手

読む小説が基本的に三人称である。その為、一人称の小説が非常に苦手だ。

三人称を読むから一人称が苦手なのか、一人称が苦手だから三人称を読むのか、鶏が先か卵が先か理論状態である。自分はおそらく後者だとは思う。

苦手な理由はただ一つ「恥ずかしいから」である。一人称の小説は昔からあるし、名作もあるだろう。

読まない自分が愚かなのだとも自覚があるが、とにかくこっ恥ずかしくて読めない。

しかしながら、自伝であれば読める。

なぜ一人称の小説を読むと恥ずかしくなるのか。ずばり「自分が主人公じゃないから」である。

入り込めない……とにかく入り込めない……。イケイケの主人公だった日には、恥ずかしさにそっと本を閉じ天を仰ぐ勢いだ。

自分はイケイケでもヤレヤレでもない。どうしようもない糞人間で、小説にあるような、褒められる能力も気概もないのが事実である。

しかし「坊ちゃん/夏目漱石」にはどっぷりの不思議。おそらく主人公がどこかダメ人間だとイケる(笑)。文章的には淡々と、自伝的に語ってくれていれば良い。過剰な主人公の感情表現がなければ読み切ることができる。

現在読み進めている(いた)「銀の匙/中勘助」も結構キツい。なぜ読み進めるのがしんどいか。

おそらく、主人公がいい所の男の子で、その事を言葉の端々に感じるからだと思う。

病弱だという性質にも、気力体力時の運で生きてきた自分には寄り添う事のできない部分である。

ここまで書いていて気付いた。自分は、読んでいて自分と重ね合わせて主人公に共感する部分がないと、一人称を読むことができないようだ。

どうりで

 親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほどこしかした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。とはやしたからである。小使こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きなをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かすやつがあるかとったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
 親類のものから西洋製のナイフをもらって奇麗きれいを日にかざして、友達ともだちに見せていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指のこうをはすに切りんだ。さいわいナイフが小さいのと、親指の骨がかたかったので、今だに親指は手に付いている。しかし創痕きずあとは死ぬまで消えぬ。

<坊ちゃん/夏目漱石 ―青空文庫より引用―>に共感できるのだ。

アクティブすぎて残った傷は数知れず。坊ちゃんの短気なアホさが愛おしい。

 

◆執筆中の短編「MT」

四百字詰め原稿用紙換算122P(35822字)

ファミレスGにお世話になっていないが、地道に自宅で書き進めている。最終150枚くらいに収まりそうか。

現在、次のネタも深く掘り始めた。次のネタに入る前に、長編を終わらせねばいかん。